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「ふっふっふ、ついにこの日がやってきましたわね!」
私はエリザベス・スパイシュカ、8歳。
アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、今日、同い年であるこの国の王太子殿下と婚約を結ぶことになっている。「でも、それは表向きの話ですわ。私には、重大な使命がありますのよ!」
私はテディベアの"ランランちゃん"に、声を潜めながら伝える。
これは極秘任務だから、他の誰かに聞かれる訳にはいかないのだ。「私の大いなる使命は、王子様を騙してこの国を乗っ取ることですわー!」
『ええーっ、す、凄いね、エリザベス!!』
私は裏声を駆使して、ランランちゃんにも台詞を喋らせる。
「国を乗っ取れば、ケーキも食べ放題ですわー!」
『最高だよ、エリザベス!』
「ランランちゃんには、特別に分けてあげますわー!」
『ありがとう、エリザベス!』
きゃっきゃとはしゃぐ私を遠目に眺めつつ、お父様とお母様が何かお話されている。その内容が、私に届くことは無い。「貴方、本当に大丈夫なの? この婚約はハニートラップ目的だなんて、エリーに嘘を吐いて」
「いやぁ、婚約の顔合わせがあると言ってから、あまりにエリーが緊張して夜も眠れていないようだったから……気分を紛らわせようと冗談を言ったつもりだったんだけど、真に受けるとはなぁ。はっはっは」
「笑い事じゃないわよ! どうするの、あの子に本当のことを言わないと」
「このままで良いんじゃないかな? 楽しそうだし。可愛いし」
「また、そんないい加減なこと言って!」
お母様が溜息を吐きながら頭を抱えている。 きっと、お疲れなのね。この国を乗っ取れば、お母様にも元気になって貰えるはずだわ。頑張らないと!私が気合を入れたところで、迎えを知らせるノック音が響いた。
◇ ◇ ◇
「お初にお目にかかります、スパリオ王子様。エリザベス・スパイシュカですわ」
王宮の応接間で、私は優雅にカーテシ―をする。
私の作戦はシンプルだ。ずばり、王子様を可愛い私にメロメロにさせて、そのまま国を乗っ取ってしまおう大作戦である。
お父様は私のことをいつも「世界で一番可愛い!」と言ってくださるから、この作戦は完ぺきなはずだ。
しかも、今日の私は凄くおめかしをしている。
自慢の栗色の長い髪を、お気に入りの赤いレースのリボンでまとめて、ドレスだってリボンとお揃いの赤いフリル付きだ。(どうだぁ……!)
私は勝利を確信して、ゆっくりと顔をあげる。
きっと、そこには私にメロメロになった王子様がいると信じて――!「ご丁寧にありがとうございます、エリザベス嬢。第一王子のスパリオです」
「……!?」
しかしそこにいたのは、輝くばかりの美しい微笑みを浮かべた少年だった。
サラサラの金髪、透き通るような青い瞳、品の良い衣装、お辞儀する華麗な身のこなし、どれをとっても完璧だった。 絵本に出てくる王子様でも、こんなに素敵じゃないわ。「か、かかかかか、かっこよ……!?」
私は硬直した。
いけない、王子様は思った以上に素敵な方だったわ!
でも、私には使命があるの。心の中で、ランランちゃんが応援してくれる。
――頑張れ、頑張れエリザベス。ケーキとお母様のためにも、頑張るんだ!「ふふっ、可愛い子ですね」
「ぎゃふっ」
私が何とか気合を入れ直そうとしたところで、王子様からの追撃が入った。
私は真っ赤になって、よく分からない奇声を発し、今度こそ完全に固まる。
「大丈夫かい、エリー!?」
「すみません、この子、緊張しちゃっているみたいで……」お父様とお母様の声が、遠くに聞こえる。
「いやいや、構わないよ」
「可愛らしいではないですか、ふふふ」王様と王妃様の声も聞こえる。
「素敵なご縁を頂き、嬉しいです」
同い年のはずなのに、少し大人びた笑みを浮かべてスパリオ王子様が言う。
その笑みを見つめるだけで、胸の中がドキドキして、頬がカーッと熱くなって、私はどうしたら良いか分からなくなってしまう。
――まさか、これは!
――これは王子様からの新手の攻撃かしら!?ならば負けるわけにはいかないわ。私は必死に深呼吸して、なんとか言葉を取り戻す。
「なっ!!」
「な……?」
私が発した言葉を、王子様は優しく見守るように繰り返す。
その姿にまた固まりそうになるのを、必死にこらえて続きを叫んだ。「なかなかやりますわね、王子様! 今日のところは、これくらいにして差し上げますわー!!」
私は言いたいことだけ言うと、急いで身をひるがえして扉の方へと走った。
小さな手で必死に扉を押し開けて、最後にこう告げる。「でも、これで終わりだと思わないでくださいませ? 私は貴方を、メロメロにするんですから!!」
こうして、呆然としているお父様とお母様、王様と王妃様、王子様を置き去りにして、私は応接間から逃走した。
「ま、待って、エリー! この後、お茶会があるんだよ! まだ切り上げちゃ駄目だよー!!」
お父様の声が聞こえてきたが、今は構っていられない。
前に絵本に書いてあったもの。困った時は、逃げるが勝ちだって!!――そして私は10分間の逃走劇の末、迷子になって泣いていたところを侍女さんに保護されたのだった。
私はエリザベス・スパイシュカ、10歳になりましたの。 アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、同い年であるスパリオ王太子殿下と婚約し、順調に仲を深めておりますわ。 ――でも、私には、実は密かな使命がありますの。 それは、王子様をメロメロにして、最終的に国を乗っ取ること! 「ねえ、貴方。そろそろエリーに、あの使命の話は嘘だって真剣に伝えた方が良いわよ?」「それが、何回も話しているんだけど、頑固で受け入れて貰えないんだよねぇ」 お父様とお母様が、何かお話されながら溜息を吐いていらっしゃるわ。きっとご苦労が絶えないのね! そんな苦労も、きっと私が国を乗っ取れば解消されるはずよ。 両親の為にも、私は頑張りますわー!「お嬢様、お手紙が届いております。」 気合を入れる私の背中に、侍女から声がかかった。 明らかに品の良い封筒に包まれたその手紙の送り主は、スパリオ王子様だった。(ま、まさか、私のハニートラップがばれたのかしら……!?) 私はごくりと息を飲んで、その手紙の内容を確認する。 そして数十秒後、絶叫することになった。「でっ、ででででっ、デートのお誘いですわー!!」◇ ◇ ◇ デート当日、私は鏡の前で入念な身だしなみのチェックを終えると、談笑している両親の前に姿を現した。「お父様、お母様、どうかしら?」 今日はお忍びデートだから、街でも目立たない桃色のワンピースを選びましたの。でも、花の刺繍があしらわれていて、とても素敵なのよ。 栗色の髪は、濃い紅色のリボンで編み込み入りのポニーテールに仕上げて貰いましたわ。もう10歳ですもの、少し大人っぽい色だって似合うんですのよー!「エリー、可愛いよ! 世界で一番可愛い!」「ふふ、素敵よ。とても可愛いわぁ」「むふふー!」 大絶賛する二人に、私も大満足ですわ。 これならきっと王子様も私を一目見ただけで、メロメロになるはず!『エリザベス、君は何て美しいんだ。メロメロになったよ! この国は君に全てあげよう!』「――なんてことになったら、どうしましょう! うふふ、いやですわ、王子さまってば!」 心の中でスパリオ王子様の反応を想像して、私はにやにやが止まりませんわ。「本当にうちの子は、世界一可愛いなぁ。ねえ、ママ?」「可愛いけど大丈夫かしら、この子……」 妄想を膨らましていると、侍
王宮での迷子大事件の後、保護された私は応接間のソファーでお父様によしよしされていた。「うえええっ、ひっく、ひっく……」「怖かったねぇ、エリー。もう大丈夫だよ」 どれだけ慰められても、泣き止むことが出来なかった。 だって、王宮って広くてガランとしていて、すれ違うのも知らない人たちばかりで、とても怖かったのだ。「すみません、王様。うちの娘が」 「ははは、構わんよ。お転婆で良いじゃないか。王妃の子供の頃のようだよ」 「あら、嫌ですわ、陛下!」 お母様と王様と王妃様が談笑している内容も、ほとんど耳には入ってこない。 私は悲しすぎて、何が何だか分からなくなってきた。今日は何をしていたのだっけ。 ああ、そうだ、王子様との婚約の初顔合わせだったんだわ。 ――そして私の使命は、王子様をメロメロにして国を乗っ取ること! そのためにも早く泣き止まなくちゃと思うのに、涙は全然止まってくれない。「大丈夫ですか、エリザベス嬢?」 そんな私に、スパリオ王子様が優しく声を掛けてくれた。 跪くようにしながら身をかがめて、ソファーに座っている私に目線を合わせてくれる。 透き通るような彼の青い瞳が、柔らかく細まった。「お辛かったですね。どうでしょうか。お茶会には、お菓子も沢山用意しています。甘い物でも食べて、元気を出しませんか?」 そして、彼は輝くばかりの微笑を私に向けたのだ。「はっ、はむにゃん!?」 びっくりした。美しすぎて変な声が出た。 何なんですの、この王子様! なんでこんなに格好良いんですの!? ともあれ、驚きすぎて涙が引っ込んだ私は、目をごしごし擦りながら高笑いをするのだった。「お、おーっほっほっほ! どうしてもと仰るなら、お茶会をご一緒して差し上げても宜しくってよ!」「うん、嬉しい。ありがとう」 私の言葉に、王子様が本当に嬉しそうにそう答えるものだから、私の頬は一気にぶわっと熱くなる。「ふえぇ……」 真っ赤になる私を、「あらあら」と遠巻きに大人たちが見守っていたのだが、そんな様子にも当然気づいてはいないのだった。◇ ◇ ◇ お茶会の会場に辿り着いた私は、目を輝かせた。 白いレースのテーブルクロスの上に、焼き菓子やフルーツの飾られた大皿が幾つも並び、中心には三段のケーキスタンドまである。「ふわあっ! こ、ここは夢の国
「ふっふっふ、ついにこの日がやってきましたわね!」 私はエリザベス・スパイシュカ、8歳。 アゼラン王国の公爵家令嬢である私は、今日、同い年であるこの国の王太子殿下と婚約を結ぶことになっている。「でも、それは表向きの話ですわ。私には、重大な使命がありますのよ!」 私はテディベアの"ランランちゃん"に、声を潜めながら伝える。 これは極秘任務だから、他の誰かに聞かれる訳にはいかないのだ。「私の大いなる使命は、王子様を騙してこの国を乗っ取ることですわー!」『ええーっ、す、凄いね、エリザベス!!』 私は裏声を駆使して、ランランちゃんにも台詞を喋らせる。「国を乗っ取れば、ケーキも食べ放題ですわー!」『最高だよ、エリザベス!』「ランランちゃんには、特別に分けてあげますわー!」『ありがとう、エリザベス!』 きゃっきゃとはしゃぐ私を遠目に眺めつつ、お父様とお母様が何かお話されている。その内容が、私に届くことは無い。「貴方、本当に大丈夫なの? この婚約はハニートラップ目的だなんて、エリーに嘘を吐いて」「いやぁ、婚約の顔合わせがあると言ってから、あまりにエリーが緊張して夜も眠れていないようだったから……気分を紛らわせようと冗談を言ったつもりだったんだけど、真に受けるとはなぁ。はっはっは」「笑い事じゃないわよ! どうするの、あの子に本当のことを言わないと」「このままで良いんじゃないかな? 楽しそうだし。可愛いし」「また、そんないい加減なこと言って!」 お母様が溜息を吐きながら頭を抱えている。 きっと、お疲れなのね。この国を乗っ取れば、お母様にも元気になって貰えるはずだわ。頑張らないと! 私が気合を入れたところで、迎えを知らせるノック音が響いた。◇ ◇ ◇「お初にお目にかかります、スパリオ王子様。エリザベス・スパイシュカですわ」 王宮の応接間で、私は優雅にカーテシ―をする。 私の作戦はシンプルだ。ずばり、王子様を可愛い私にメロメロにさせて、そのまま国を乗っ取ってしまおう大作戦である。 お父様は私のことをいつも「世界で一番可愛い!」と言ってくださるから、この作戦は完ぺきなはずだ。 しかも、今日の私は凄くおめかしをしている。 自慢の栗色の長い髪を、お気に入りの赤いレースのリボンでまとめて、ドレスだってリボンとお揃いの赤いフリル







